診療室にきた赤ずきん
久しぶりにとても面白い本でした。
精神科医を訪れる、様々な患者。
彼らの訴えはいろいろだ。
「失恋して眠れない」
「倒産して落ち込んだ」
「ケンカしてイライラする」
しかし患者は、彼らの持つ「本当の問題」を語ってはいない。
著者は、患者が持つ症状や訴えに隠された真の理由、臭い言い方をすれば「人間ドラマ」を、よく知られた童話や物語になぞらえて、絡まった紐を解いていく。
しかしそれらは、本当には患者自身がよく知っていることなのだ。
ある日、53歳の主婦が受診した。
主訴は、2年来続くめまい、耳鳴り、頭痛や吐き気。
30年前に結婚し、二人の子供に恵まれ、幸せな結婚生活。
子供も結婚して独立したある日、ふと自分が夫をうとましく思っていることに気付いた。
自分は夫に対してとりたてて不満も持っていなかったので、そう思った自分が不思議でしょうがなかったが、それから間もなくめまいなどの症状が始まった。
著者は、患者に「食わず女房」の話を読むように言う。
物語を読み、医師との対話の中で、患者は夫との関係をストーリーにあてはめ(これが不思議に符合する)、夫婦それぞれのあり方を明らかにしていく。
そして、患者は、夫の浮気癖を、仕方ないと思っていながら許すことが出来ず、お金を使わせることで愛情を盗んでいたのだと言うことに気づく。
患者の症状はそれを境にしだいに消えていった。
子供の頃に読み聞いた絵本や童話。
それらは素朴で、あまり意味のない話のように見えて、実は深遠な人間心理と言うものを恐ろしいほどに描写している。
ももたろう、赤ずきん、いっすんぼうし、などなど。
著者は、患者の心のうちを読み解いていくのに、そういった物語が実に的確に様々な人の心理を説明するのにふさわしいモデルであることに気付き、それを精神療法に生かしている。
この本を読むと、よく知っているはずの物語が意味する深遠さに驚かされるとともに、人間の心理というものの奥深さを思い知らされる。
著者は、そういった患者との対話の中から、軽いうつ程度の患者から重い統合失調症の患者まで、同じ心のしくみを持っていること、そして同じような診療アプローチが有効であることを学び、どんな重症な患者をも「気違い」と思うことはなくなったという。
また、物語などのツールを使うのであれ何であれ、医者が強制的に主導するのではなく、ある「気付き」を患者が自分自身で得ることが重要であると、著者は言う。
治療者が手柄を得るためではなく、患者が自分の「本当の問題」を発見し、それを(なるべく)自力で解決していくことが重要だからだ。
私の偏見かもしれないが、日本における精神科治療というと、「治療=薬物療法」と言うイメージなので、このように飄々と患者と向き合って治療をなさっている精神科のドクターがいらっしゃることを知って、とても感激した。
日々の治療をさせていただいていると、西洋薬、漢方薬、栄養素など、様々な治療法を使っても、難しい病態があることに気づく。そしてそれらの原因が心理的要因であることがままある。
精神科医でなくとも、患者さんの心を少しでも理解できる医者でありたいと思う。